天候因素,第一次的登山露營地點,從松蘿湖改為合歡山小溪營地。背著帳篷登山,有30%的興奮與70%的恐懼,深怕自己背不動爬不上,中途放棄。
初めての山小屋と違い、 もっと自然を直接体験できるのテント泊登山だった。松蘿湖の天気が悪かったため、 目的地が松蘿湖から合歓山小渓営地に変更された。30%の期待と70 %の不安で、自分はこんな重いリュックサックを背負えるの? 背負えなかったら諦めるの?
不論上山下山,每一步,我都恨不得把肩上的背包扔下走人。然而有時候,沒有退路會是最大的動力,鞭策著自己再邁開一步。
登山中でも、下山中でも、リュックサックを捨てて帰ればいい。 が、時々、 もっと遠く歩けると自分を励ますただ一つのモチベーションは逃げ 道がないことだ。
「背包的基本重量已經降到六公斤左右, 我很訝異裝備帶那麼少竟也能活得好好的, 不禁納悶為什麼現代人要花那麼多錢買一輩子也用不到幾次的東西。 」-《步知道》
"リュックサックの基本的な重量もう六キロぐらいに減らしてきた 。私は少ない装備を背負っていても、 よく生きられていたことをビックリした。思わず、なぜ、 現代人はそんな多いお金で一生で数回しか使わないものを買ったこ と疑った。" -『步知道』
這是我很喜歡的一本書裡中的一段話,每次朋友們想買什麼, 我都會傳這句話,看看能不能勸退他們。
気にいった本の中の好きな一言だ。友達なにか買いたいなあと言われて、 私はいつもこの一言を答えた。
這次背包的重量,約莫比這再多加個五公斤, 已經比第一次重裝登百岳(但沒有帳篷)簡約許多,卻仍有些物品, 原封不動背上山又背回家。
今回リュックサックの重量は十一キロぐらいだったけど、一度も使わなかったまま、背負われてきたものがある。
人生是不是也背負了或多或少,這些不必要的重量?
人生は、多かれ少なかれ必要がない重量を背負っているだろう。
(月亮太亮見不到銀河 可惜 Photo Credit: Shih Ju-Lin)
(小溪營地有兩座茅坑 感恩) (蹲茅坑視角)
好不容易爬到營地,沒想到卻是另一項考驗的開始。太陽下山後氣溫驟降,平時不太怕冷的我,也許是高山症作祟、也許是擔憂隔天已無力攻頂、又或是太期待月亮下山後能親見銀河,在山上凍得徹夜未眠,苦不堪言。腦海中盡是泡著熱水澡與躺在軟綿綿床上呼呼大睡的幻想畫面。
せっかく小渓営地に着いたけど、 ほかのチャレンジスタートだと思わなかった。 平日の寒さに弱くないけど、高山病なので、 翌朝登頂できないと不安すぎた、天の川が見えると期待すぎた、 一晩で寝られなかった。
隔天早上,順利重裝登頂我的第三座台灣百岳-合歡北峰。
翌朝、私の三個目台湾の百岳を登頂してきた。
比起身旁登頂數以五座、十座起跳的山友,我還只是個登山界的一年級生菜鳥。幸運的是,每次攀登身旁都有值得信任的他們。幾年後會記得的不是山頂美景或是到達後的成就感,而是跟山友們一起大笑、一起垃圾吃垃圾肥(台語)、一起互騙「 快到了」的那些,微小卻深植於心的瞬間。
私のそばにいた台湾の百岳を数個登頂した山登り仲間と比べて、私はただ登山の一年生だ。 何年経っても思い出せる山の記憶は絶景と達成感ではなく、 山登り仲間、山で出会った人たちと出来事であるかもしれない。
雖說所幸下山路毫無高低起伏一路向下,我卻在途中差點哭出來。這是我繼富士山之後,第二次爬山爬到想哭 (富士山邊哭邊下山的糗事就暫不贅述了)但我知道,要是哭了或中途把背包放下,我就真的沒有力氣再背下去了。牙一咬、鼻涕一吸,臭著臉繼續往前。中途經過窄路,為了讓後方登山客超前而站在旁邊,他們超過我的同時,對我說了聲加油並給予燦笑(對 是帥哥)像是打了針強心劑 。原來,應援聲是如此重要。
幸いに下山の道のりは下り坂しかないが、途中で、 泣きそうになった。が、もし、泣き出して、 リュックサックを捨てったら、 もう一度背負うことができないと知っていた。 思い切って歩き続いた。そのとき、 見知らぬ山登りの仲間は私に頑張れと言いかけた。その"頑張れ" は強い心の支えになった。(あたり!あの人はイケメンだった!)
終於看到山友在車前等我的那刻,我得到了救贖。包包放下後,卻又有幾秒鐘,感覺輕得不太習慣,真是矛盾啊!
やっと車の前に私を待った山登りの仲間を見た瞬間、 ホット安心した。リュックサックを下ろしたあと、 体が軽すぎて慣れてなかった。
每每下山後,回首走過的路,都會對自己的堅持感到不可思議。原來,自己遠比想像中,還要能夠走得更高更遠。
下山中に景色や登ってきた跡を振り返り、 良く登ったなぁって思います。いつも。私は自分が想像したより、 もっと遠く、高く、歩けて登られていた。
問我願不願意再背帳、肯不肯再負重?我怎可能,捨得說聲不。